パスタをゆでろ

一方的に話をしたい猫背からの打診

喪服の人

喪服の人、の君は僕をみとめるとその細い腕を伸ばし不似合いに大きく振った。黒い服に負けているのかそれとも似合いすぎているのか、色の白い君は喪服を脱いだらば空中にとけ出してしまいそうに頼りなかった。お馴染みの満点の笑顔にも関わらず、その影は薄くなっているようなそんな気がした。笑顔のうしろに誰もいない空虚を感じる距離まで来たところで僕は口を開いた。「奇遇ですね」「--さん、私ラーメンが食べたい気分、よかったらラーメン屋いきませんか」彼女は今月末で仕事を退職する。ずっと前から決まっていたことだ。住んでる場所は近いけれどそのうち会うこともなくなるだろう。
「ラーメン、いきましょう」
僕たちは大盛りで有名な駅から近い店に入った。夕飯時にも関わらず人はまばらだ。
彼女はメニューもろくにみず、決まりましたと一言いうと、僕が注文をした後に「同じのを普通盛りで」といった。
「--さんはあまり外食しないでしょう 私疲れてるときはよくやるの。でも元気がない時って何をたべたらいいか分からないじゃない、元気が出ないときじゃなくて、ないとき。そんなときに一人で外食したり出来合いのものを買って食べていると本当に味がモノクロみたいになっちゃう。おいしいってのはわかるんだけど味覚というより知識としておいしいみたいな感じなんだよね。それにおいしければそれそれでなんだかむなしい。でも空腹で寝ることもできなくてそんな時はごまかしみたいな手料理をするのよ、でもね今日はほら一緒に食べてくれる人見つけちゃったって思って」彼女には恋人がいた。今はいないって言ったら多分、それはどちらかに彼女を押すことになるだろう、とても強く。僕は「今日の___さんは面白い」と顔をみないまま、麺をすすった。そのまま2人ともラーメンだけ見つめて湯気の中、こくりと黙って箸を動かした。
暫くすると横の彼女はうぐうぐと泣いていた。肩がこわばるほど震えるほど彼女はそこにいた。僕は彼女のことをきちんと知らないけれど、そんな僕でも今日の彼女には濃淡が強弱があるのがわかった。それがあまりにも激しいものだから、少しでもどちらかに押せば、爆発でも蒸発でもとりあえず彼女が彼女じゃなくなって世界の一部になってしまうのはすごく簡単なことに違いなかった。彼女の白目と黒目の境界があいまいだ。

帰り道、隣を歩く君は、暗闇に白くぼうっとうかびあがっていて、どうやら輪郭をとりもどしたみたいだった。「じゃあまた明日」適当な意味もないいつもの一言を、いつもの気さくな笑みと共に君は言うと隣のアパートへと吸い込まれていった。
君を見たのはそれが最後だった。涼しい夏の終わりの夜、喪服を着た君は忽然といなくなった。